隣のキミ

風が気持ちいい。
そんなに強くねぇし、ちょっと冷たい感じもすっけど、陽が出てるから暖かいし。
動き回る髪がちょっとだけうざったいけど……まあ、許してやる。


「何やってんの?」


空を見上げてぼーっとしてたら、久保ちゃんもベランダに出て来た。珍しく今は煙草を咥えていない。


「自然との一体化」
「へぇ、楽しそうだね」


興味深そうに呟いた。
そうか?って目で聞いたら、久保ちゃんはうん、って笑った。


「……なんか雲っていいよな」
「脚がいっぱいの?」
「誰が虫の話してんだよ」
「冗談よ、冗談」


そう言って、髪をワシャワシャってやられた。
あー……せっかくキマってた俺様の髪型が……
でも、久保ちゃんはスッゲー楽しそうに笑ってるし、まあいいかって気になった。


「それで?」
「ん?」
「雲のどこらへんがいいの?」


……ああ、忘れてた。


「なんかさ、自由って感じしね?」
「自由?」
「うん。何にも縛られてないっつーか」


風に揺られて、ふわふわ浮かんで、大空を漂って。
なんかよくね?
羨ましいかもしんない。


「……そぉね。でも、俺達も結構好きに生きてない?」


んー……確かにそうかも。
起きる時間とか寝る時間とかはメチャクチャだし、毎日のようにゲームやってるし、メシはいつもカレー……いや、これは関係ないな。
外に出れば色々あって、追いかけっことか始まるけど、俺達って結構やりたい放題に生きてるよな。
雲が羨ましいってのは、ちょっと贅沢だったかも。
俺さ、今の生活に十分満足してるんだ。
そりゃあ、記憶がないってのはかなり不満。わからないこともいっぱいある。だから不安になることも少なくない。


だけど、久保ちゃんがいる。


手を伸ばさなくても、いつも隣りを見ると久保ちゃんがいるんだ。だからいい。


「久保ちゃん」
「ん?」
「ありがとな」


なんのことかわからない筈なのに、久保ちゃんは見透かしたように笑って、どういたしましてって言った。
悔しい感じもするけど、嬉しい気持ちの方が勝った。

俺はもう一度空を見上げた。
いい天気だ。太陽がちょっと眩しい。


「……あーやっぱり駄目かも」


突然久保ちゃんがそう言った。
は?って思いながら隣りを見ると、情けない声でまた呟く。


「もう駄目だわ」
「何がだよ?」


なんのことか全然わからなくて首を傾げてたら、久保ちゃんが超真面目な顔を向けてきた。


「煙草」
「あ?」
「我慢は身体によくないよね」


久保ちゃんは頷いて、なんか一人で納得して部屋ん中入って行った。
それから財布を掴むと、ちょっちコンビニ行って来る、って部屋を出て行きやがった。
……アイツ、煙草が切れたからって我慢してたのかよ。
きっと、買いに行くのがめんどくさいって理由だろうな。

俺は手摺に凭れ掛かってマンション下を見下ろした。歩いてる人とか、植え込みから顔出してる猫とかの観察。
暫くはそうしてたんだけど、なんかつまんなくなってきた。


「……早く帰って来やがれ」


お前が隣りにいないと退屈なんだよ。


「あんまり遅いと迎えに行くぞ」


だから早く帰って来い。


up 08.04.27