crescent

燻らせた紫煙が流れていく。
その先を視線で追っても、すぐに辺りの空気に紛れて消えてしまった。


「久保ちゃん……?」


背後に視線を移すと、時任が眠そうに目を擦って立っていた。


「ごめんね。起こしちゃった?」
「んーん」


ゴシゴシって音が聞こえてきそうなほど手を動かしている。
そんなに擦ってると目が赤くなっちゃうよ。


「はい、そこまで」


いつまでも続けそうだから、腕を掴んでやんわりと制止する。
すると、今度は不機嫌そうに見上げてきた。


「……ねみぃ」


って言われてもねぇ。


「寝てていいんだよ?」
「ヤダ」


わがままな猫だなぁ。
時任はベランダに出ている俺の隣りにくると、手摺に両腕を乗せてその上に顎を乗せた。
少しだけ身を乗り出す形で下を見下ろしている。
大丈夫だとは思うけど、一応気を付けてね。


「楽しい?」
「何が?」
「夜の外見てんの」


俺は、んー、と少し唸ってから紫煙をゆっくりと吐き出した。
あ、空陰ってきちゃった。


「楽しい?」
「いや、俺が聞いてんの」


やれやれ、って口にしながら首を振って、あからさまに呆れてみせる。
漫画とかではよく見るけど、実際にやる人っていないよね。


「月が綺麗だねぇ」
「隠れてんじゃん」


そういうのは言わないの。


「綺麗な三日月だよ」
「雲ジャマ」


まだ言うか。


「時任君。風情って言葉知らないでしょ」
「食えないってことは知ってる」


あ、そうですか。
時任がジッと月を見上げる。


「……久保ちゃん」
「なぁに?」
「やっぱり雲ジャマだ」
「……なんで?」
「月が目立てないじゃん」


俺も月を見上げる。確かに、雲によって月が3分の1は隠れてるかな。
そこでふと思い付いた。


「月は時任?」


すると、時任は一瞬驚いた表情をしたけど、すぐに破顔して言った。


「そ、俺ってば超輝いてるから。ジャマしようとする奴らは嫌い」


お前らしいね。
隣りを見ると、時任は自分の両手を擦ったり、はぁー、と息を吐きかけたりしている。
冬じゃないとは言え、流石に夜中は冷えるね。しかも時任が着ているのはタンクトップだし。


「時任、中入ろう」
「おう」


部屋に入ってベランダへ続くドアを閉める。やっぱり中の方が温かい。


「ねぇ時任」
「んー?なんだ?」
「セブン行こう」


俺の目の前の背中がピタリと止まった。


「………は?」


何言っちゃってんのコイツ、って目で見てくる。
うーん……ちょっと突拍子なかったかな。今夜中だしねぇ。外は寒いし、もう寝るって雰囲気だったものね。
でもね、珍しくないっしょ?


「……俺もう寝んだけど」
「目、覚めてるんじゃない?」
「うー……外さみぃし」
「温かいもの買う予定なんだけど」
「…………だあっ!行くぞ久保ちゃん!」
「ほーい」


そんなに厚手じゃない、でも温かいコートを着て部屋を出る。戸締りを確認して、エレベーターに乗り込む。
そこで時任が口を開いた。


「なあ、何買うんだ?」
「んー知りたい?」
「そりゃあ……」
「えーと……まずセッタでしょ。それから牛乳と食パンと……あ、卵もなかったっけ?」
「……メチャメチャ今日の朝メシじゃねぇか」
「気にしない気にしない」
「で、あとは?」
「セブンの新商品。フルーツまんと紅茶ヨーグルトまん」
「……………あ?」
「ヤダ時任ったら。耳悪くなった?」
「ちげーよっ!!なんだよその……」
「フルーツまんはね、餡と一緒にマンゴーとかキウイが入ってて、紅茶ヨーグルトまんはヨーグルト風味の生地に紅茶餡が入ってるんだよ」
「……やっぱ俺、部屋で待ってるわ」


なーんてことを言っているうちに着いちゃった。時任はちょっと複雑そうに顔を顰めている。
美味しいんだけどな、アレ。一回だけ食べたことあるんだけど、わりとイケるんだよ。


「おー雲消えてんじゃん!」


時任の声に釣られて空を見上げる。
本当だ。三日月が綺麗に浮かんでる。


「久保ちゃんっ早く行こうぜ!」


俺より先に駆け出した時任が振り返る。背中には月を背負って。



眩しいや。



思わず目を細める。まるで、時任自身から光が溢れているみたいだ。
このまま見惚れていたいけど、そうもいかないみたい。


「久保ちゃん!!」


せっかちな猫は腰に手を当てて仁王立ち。今行くから待っててよ。


「久保ちゃん!俺アイス食いたい!」
「……寒いんじゃなかったっけ?」
「走れば暖まる」


そう言って、ニッ、と悪戯っ子のように笑った。


「……面倒くさいなぁ」


と言いつつも、俺もやる気満々だったりして。


「いくぜ?レディー………ゴーッ!!」


二人同時に駆け出す。
どっちが勝つかは、あの三日月が見ててくれるかな。


up 08.03.14