ある休日。
たまには学校以外でも会おう!食事しに行こう!という千石の発言により、いつもの三人組は千石お薦めの店に向かっていた。
「ほら、ここだよ。美味しいって評判のお店」
先頭を歩いていた千石が、前方の一店を指差しながら振り返り、後ろの二人を手招きする。
店の入口には 『かわむらすし』 と書かれている。
「寿司屋か。千石が選ぶとは意外だな」
「寿司って……おい、本当に大丈夫なんだろうな?あんま高いと払えないぜ」
「平気平気!ちゃんと確認済みだって!ちなみに宍戸君の寂しい財布事情もー」
「まだ寂しくねえ!」
「宍戸、その否定の仕方はおかしい」
青筋を立てて拳を振り上げるポーズを取る宍戸を、手塚がいさめる。千石との距離は離れているため、もちろん実際には振り下ろされることはないのだが。
千石はヘラリと笑うと、追いつかれて本当に殴られる前にと、さっさと店に入ってしまった。
「いらっしゃい!あ、千石!」
「やあ河村君。約束通り来ちゃいましたー!」
店内に入るや否や、千石はカウンターにいた店員と親しげに話し始めた。どうやら顔見知りのようだ。相変わらずの顔の広さだ。
「千石、知り合いか?」
「うん。彼は河村君。俺達と同じ虹成の生徒だよ。ここは彼の父親のお店でね、ときどきこうやって手伝いしてるんだ」
言い終えると、千石はカウンターにずいと身を乗り出した。やけに瞳がキラキラしている。
「でさ、河村君」
「わかってるよ。この店は、虹成の生徒はいつでも割引対象。さらに俺の友人ってことで、今回だけ特別に安くしておくよ」
「ああもうっ河村君ってば太っ腹〜!大好き!」
「君はまた……そういうセリフは、この間一緒にいた女の子に言ってあげなよ、千石。ずいぶんと仲が良さそうだったよな」
「千石に恋人、だと?」
「ウッソだあ!」
「なんで君達は即座に否定するかなあ!?」
千石が頬を膨らませる。
「俺にもねえ、彼女の一人や二人くらい……」
「堂々と二股宣言か」
「見損なったぜ」
「俺も今、君達のことが嫌いになりそうだよ」
何この仕打ち、と嘆く千石。救いを求めて河村を見るが、彼にとっては珍しい光景だったらしく、三人のやり取りを興味深そうに見つめてくるだけだ。
どうやら彼は頼りにはならないらしい。
「っ、彼女なんて一人もいないよ長いこと募集中だよ悪いかああぁぁっ!!!!」
「せ、千石!声!声でかいって!」
店内に響く声で叫んだ千石に、他の客のギョッとした視線が集まる。宍戸は慌てて千石の口を塞いだ。
深い溜息を吐いて手塚が謝罪すると、河村は苦笑を返した。
「しかし、いいのか?」
「ああ、料金のことかい?構わないよ。ただし、今回だけね」
「すまないな」
「気にするなよ。俺もこの店の寿司をいろいろな人に味わってもらいたいしね。さあ、座って。今用意するから」
* * *
席順はいつものように、手塚の前に宍戸、宍戸の隣に千石となった。
「千石、イクラやるよ」
相手の返事も聞かずに、宍戸が千石の前に自分の分を移した。
「え、いいのかい?もしかして嫌いなの?」
「あんまりな……」
「好き嫌いは感心しないな。選り好みしていては栄養が偏るぞ」
「じゃあ聞くけどよ、イクラにはなんの栄養があるんだ?」
「む、それは……」
「よし今だ千石!食っちまえ!」
「ラジャー!」
「あっ……!」
手塚が制止するも間に合わず、イクラはヒョイと千石の口に放り込まれた
手塚が恨みがましい目つきで千石を見る。空気を読める千石はそれをキレイに無視した。
「うん、美味しー!んで、なんで宍戸君はそんなにイクラが嫌いなの?」
「なんだっていいだろ」
「あの食感?潰れたときのプチッていう。あれが嫌いって人いるよねぇ。俺は好きだけど」
「それは別に嫌じゃねえよ」
「じゃー何?」
聞かれて宍戸は舌打ちをした。馬鹿正直に否定しないで、千石の言った理由で頷いておけばよかった。
千石は食い下がる。
「言わないとこの穴子食べちゃうよ?」
「………」
「サーモンももらっちゃおうかな〜」
「………」
「甘えびも〜」
「殴っていいよな?」
「……君って気が短いよねぇ」
すぐ手足を出そうとするんだから、と肩をすくめる。それでも、宍戸が言うまでは引かないつもりだ。
宍戸もそれがわかるので、仕方ないと観念し口を開いた。
「……いっぱいの目がこっちを見てる気がするから」
千石が瞬きを繰り返す。
「……目?」
「目。……なんだよ悪いか?」
「いや、可愛い」
「は?」
「何言っちゃってるの宍戸君。いっぱいの目が見てるだって?可愛いじゃないかそれ!今時、小さな子だって言うかわからないよ!」
「うっせーな!好きならテメーが食えばいいだろ!」
「……君が目とか言い出すからそうとしか見えなくなってきちゃったじゃないかあ!なんか気持ち悪いよ!!っていうか俺さっき目玉食べちゃったよ!?」
「知らねーよ!」
「うぅ……でも意外な理由だよね。な、手塚君」
同意を求めて手塚を見ると、手塚はうつむいて口元に手を添えていた。小刻みに身体が震えている。
どうしたのかと宍戸と千石が顔を見合わせていると、手塚の小さな呟きが聞こえてきた。
「可愛い……」
「あ、宍戸君スイッチが入っちゃったみたい」
「お、お前らなあ!」
いっそのこと笑い飛ばしてくれたほうが良かった。
羞恥で顔を真っ赤にした宍戸を、笑いを堪えながら千石がなだめる。手塚は未だ顔を上げない。
「仲良いなぁ……」
そんな彼らを、河村がカウンターの向こうから微笑ましく見守っていた。
up 10.08.07