微笑む悪魔とご対面

教師の授業終了の声とチャイムが重なり、教室に騒がしさが戻る。
入学式から一週間。教室内ではすでにいくつかのグループができていて、休み時間になると様々な話題が展開される。


「そういやお前はさー同じ中学から入学してきた奴っていねーの?」


机の中を覗き込みながら、難しい顔をした宍戸が尋ねた。どうやら次の授業の教科書が見つからないらしい。


「何人かいる。だが、そのうちの一人とはあまり話したことはないな」


答えるのは、宍戸以上に難しい顔をした手塚だ。宍戸を睨むような目つきで見下ろしている。口を動かさず手を動かせと言いたいのだろう。次の授業は移動教室なので早く向かいたいのだ。

虹成学園では、年度初めの席は出席番号順となっている。その結果偶然にも席が隣同士だった二人は、入学式前に会ったそのままの流れで行動を共にするようになった。
お互い性格が似ていると思ったことはないが、だからといって反発することもなく、案外上手くやっているようだ。


「そうなのか?俺には同じ中学からのダチっていないから、ちょっと羨ましいなぁ。……って、なんでそんな微妙な顔してんだよ。そいつと仲悪いのか?」


手を止めて見上げてくる宍戸に、手塚が早くしろと無言で促す。宍戸は慌てて作業に戻る。次の捜索場所はカバンらしい。しかしすぐにまた見上げてきた。彼の言う微妙な顔が気になるようだ。
手塚は溜息を吐いた。宍戸の関心は完全に話の内容に向いてしまっている。教科書を見つけるにはまだ時間がかかるだろう。そう考え、手塚は自分の机に軽く腰を下ろした。それから渋る様子を見せたが、ゆっくりと口を開いた。歯切れが悪い。


「仲が悪いわけではないが……接しづらくてな。あまり関わらないようにしていた」
「あーいるよなそういうの。でも話してるうちに気が合うかもよ」
「あいつはそんな次元じゃない」
「何それ」
「宍戸」
「な、なんだよ真面目な声出して」
「見た目に騙されるな」
「は?」


宍戸がなんのことかと問いかける前に、手塚は腰を上げ、さっさと教室のドアに向かってしまった。


「宍戸、置いて行くぞ」
「待てよ手塚!お前早いっ!」


後ろを見ることなく去る手塚に、本当に置いて行かれたら堪らないと、ようやく探し当てた教科書を掴んで追いかける。やたらと広い校舎内を、宍戸はまだ把握しきれていなかった。
宍戸が追いついた時、手塚はまだドアの前にいた。いたというより、突っ立っていた。この上なく進行の邪魔だと思ったのは宍戸だけではないはずだ。現に出口を塞がれたクラスメイトが非常に迷惑そうな顔でこちらを見ている。入学そうそう悪印象だ。
何故進路妨害なんてしているんだと口を開きかけたところで、宍戸は手塚の眼前の人影に気がついた。
サラサラな栗色の髪。浮かべる穏やかな笑み。小柄な体躯からは華奢で優しげな印象を受ける。


「やあ手塚。会いに来ちゃった」
「不二……?」


親しげに軽く片手を上げた彼に、手塚は幽霊でも見たかのような顔で呟いた。
やり取りから察するに二人は知り合いだ。先程言っていた同じ中学からの友人だろうと宍戸は見当をつける。
でも、それにしては空気が悪く息苦しい。手塚の顔も心なしか引きつっていた。


「……不二」
「ん?」
「何を企んでいる」
「嫌だなぁ。手塚ってば相変わらず失礼だね。入学早々には騒ぎは起こさないよ」


なんだこの不穏な会話は。
しかも "には" を強調して言ったということは、しばらくしたら起こすということか。
宍戸は若干身を引きつつ、二人の様子を見守った。
一見、人畜無害な容姿だが、不二からはただならぬものを感じる。下手に関わらないほうがいいかもしれない。
宍戸がそう思った矢先、不二が手塚から視線を外した。目が合った。なんでこっち見んだよ。
心中でボヤく。そんな宍戸の姿を目にした不二は、意外なものを見たという顔をした。


「へえ、手塚にもちゃんと友達ができたんだね。安心した」
「どういう意味だ」
「だって君、いつもしかめっ面じゃない。初対面でそれじゃあ近寄りがたいよ」


そう言った不二は、宍戸に向き直ると微笑みかけた。


「君、名前はなんていうの?」
「宍戸だけど……」
「ふぅん……。ボクはFクラスの不二周助。よろしくね」
「……不二、俺達はそろそろ」
「あぁ、移動教室だっけ?ごめんね引き止めて」


手塚達の手元を見て、不二が移動し道をあける。そんな最中、不二がポツリと呟いた。


「……楽しみだなぁ」
「え?」
「うん。君がね」
「は?俺?」


突然の指名に宍戸が驚く。手塚はやはりか……と呟くと天を仰いだ。彼の恐れていた事態が起きてしまったようだ。
そんな二人を見つめながら、不二は満面の笑顔でさらりと言った。


「泣いて逃げ惑う姿なんて、最高にいいだろうねぇ。入学式のときに会った彼とどっちがより楽しいかなぁ」


瞬間、硬直する宍戸。それを見て満足したのか、不二は何かに納得したように数回頷いた。


「ボクも教室に戻らなきゃ。それじゃあまたね」


手を振りながらご機嫌な様子で去る不二を、残された二人は無言で見送ることしかできなかった。
不二の姿が完全に見えなくなった頃、ようやく引きつった声でなんとか口を開くことができた。


「……あの、さ、手塚」
「……やはり忠告は無駄だったな。標的の一人に加えられたようだ」
「なんだよあいつ。すっげー寒気がした」
「恐らく無意味だとは思うが……あまり自分からは関わらないように、な」
「覚えとく……」


先程のような現場を何度も見てきたのだろう。そしてその行く末も。でなければ、手塚がこんなに絶望感を漂わせることにはなっていない。
暗い雰囲気を払拭するように、軽快なチャイムが校内に響いた。もう授業開始だ。


「……始まっちまったな」
「はぁ……急ぐぞ」
「入学したばかりで遅刻ってヤバくね?」
「入学したばかりなら、理由は迷ってしまったで構わないだろう」
「いいのかよ」
「現に、まだ校内を把握していない奴がここにいる」


言いながら自分に向けられた視線に、俺のことか、と宍戸が肩を落とす。格好悪いがその通りだ。


「うわぁ幸先悪いぜ……」
「いろいろとな……」


二人から同時に重い溜息が零れた。
これから待ち受ける楽しいはずの学園生活に、早くも暗雲が立ちこめた。


up 10.07.31