たまには寄り道

吐いた息が白く染まって消えていく。
南はマフラーに口許を埋めた。
部活中にはあまり感じなかったが、こうやって外を歩いていると風の冷たさを感じる。
ポケットに突っ込んだ両手を開いたり閉じたりしてみた。しかし、かじかんだ手はすぐに温まる筈もなく、あまり意味のなさない行為で終わった。


「…………コンビニでも寄って行くか」


たまには寄り道してみるのもいいだろう。ついでに冷えた身体も温めていこう。
南は真面目過ぎるんだ、と以前一緒に帰宅していた千石に言われたことがあった。


『南ってばコロッケ買う時くらいしか寄り道しないんだもんなあ。全く。だから君は地味なんだよ』


その言葉を思い出すたびに南は思う。地味は関係ない。
南がいつも真っ直ぐ家路につくのは、別に寄り道をしてはいけないとか、そういった理由ではない。
もちろん、ただでさえ部活の終了時間が遅いのに、それ以上帰宅の時間を遅らせるのは良いこととは思っていない。
しかし、部の仲間とつるんでふらりとどこかへ行って馬鹿騒ぎする楽しさを知っている。
だから一概に悪いことだとは言えない。
ただ、南にはどこかへ寄って行こうという考えが浮かばないのだ。


「いらっしゃいませー」


自動ドアを抜けると、少々お疲れな様子の声に迎えられた。
今は空いているようだが、昼間は大勢の客が来たのかもしれない。


「ん?」


店内を見回していた南の視界に、とても見覚えのある色が入ってきた。
よく映える、金髪。


「芥川……?」


雑誌コーナーでしゃがみ込んでいた彼が顔を上げた。


「あれ?南?」


向こうも驚いたようで、大きな瞳を更に大きくして見上げてきた。
芥川の手には、今日が発売日である彼愛読の週刊誌。
だいぶ長いことここに留まっていたようだ。左手の厚さがかなり薄い。


「南、今帰り?」


首を傾げ問いかけてくる。柔らかな金髪がふわりと揺れた。


「ああ。お前も……っていうか、お前の家こっちじゃないよな?」


氷帝からもだいぶ離れている気がする。


「いや、なんかね。気付いたらここまで来てた」


不思議だねー、と言って笑う。 南からしてみれば、芥川の方が不思議で仕方ない。途中で気付いてくれ。


「まあ、それはともかく。ほら立て。座ってたら他の客に迷惑だろう」


腕を掴んで促す。芥川は素直に立ち上がった。


「……疲れたんだもん」


文句を言うのは忘れないが。


「結構重いしな、それ。家で読めばいいだろう。いつもは買ってるじゃないか」


芥川の部屋の押入れに、大量のマンガ雑誌が山積みにされていることを南は知っている。
以前に一度だけ、扉を開いた瞬間になだれが起こったことがある。ドラマや漫画ではよくあるが、実際に自分の目で見るのは初めてだった。
不覚にも感動してしまったのを覚えている。


「今こづかいピンチなんだよね……」


懐がさびC、と呟いて項垂れる。
その様子を見て少し不憫に思うが、どうせまた菓子類の買い過ぎだろう。
芥川は新商品を見ると見境なく手に取るのだ。それが甘いものであるならなおさら。


「……それ、いくらだっけ?」
「え?うんと……230円」
「じゃあそれ貸して」
「え?」


疑問符を浮かべる芥川を背にして、南は菓子売り場へ向かった。
ずらりと並ぶ菓子の中から一つを手に取り振り返る。


「これ食ったことあるか?」
「ううん、まだ。昨日出たばっかの新商品」


なるほど。どうりで見たことがない筈だ。
相変わらずこいつはこの手の情報には敏感だ。


「それじゃあ、行ってくるから。ちょっと待っててくれ」
「え?え、ちょっと南!?」


芥川の慌てた声に背を向けながら、南はレジに向かった。
自分でも何故こんな行動を取るのか疑問だった。あまり甘やかすのもどうかと思うが、彼にならまあいいかとか、そんなことを考えてしまう。
千石達相手には絶対に考えられないことだ。


「待たせたな」


買った物を芥川の掌に乗せてやる。


「……どうした?」


黙ったままジッと顔を見てくるものだから、何か問題があったのかと思ってしまう。
もしかしてレジ袋が欲しかったのだろうか。思わずいつものように断ってしまったのだが。
そんなことを南は考えていた。


「……ねえ南」
「なんだ?」
「はいっ」


いきなり口に何かを押し込まれた。
見てみれば、それは先程南が買ってやった新作のムースポッキー。
いつの間に開けたのだろうか。かなりの早業だ。


「南に一番にあげる」


えへへと屈託ない笑顔を向けられ、釣られて南も微笑んでしまう。が。


「外に出てから開けろっまだ店の中だ!」


それとこれとは話が別。商品は店の外に出てから開けるのが常識だ。
危ない。危うく流されるところだった。


「あ、忘れてた。じゃあ早く出よう!」


芥川に手を引かれ、そのまま南も店の外へ出た。
冬の冷たい空気が二人を包む。


「やっぱり冬は寒いねー」
「だなー」


息を吐くたびに白で視界が遮られる。
芥川が自分のカバンにポッキーなどを押し込む。マンガ雑誌が幅を取っているらしく、しまうのに苦戦しているようだ。
南はその間に、少し解けてしまったマフラーを巻き直す。
巻き終わった頃には芥川も歩き出す準備が出来ていて、大きな欠伸をしていた。


「眠い……」


目を擦りながら呟く。


「またか?仕方ないな……一緒に帰ってやるから起きろ」
「えっマジマジ!?」


どこの誰だろうか。今にも寝そうだったのは。
今ではしばしばさせていた目を大きく見開き、すっかり覚醒している。


「南帰ろっ」


終いには南の袖を引っ張っている。……このまま放っておくと破れそうだ。


「みなみー」
「わかったから引っ張るな」
「はーい」


そしてまた、えへへと笑う。


「帰ろー南」


右手を差し出され、南はその一回り小さな手をしっかりと握った。


「家に着くまで寝るなよ?」
「頑張りますっ」


たまには寄り道してみるものだな。

隣のあたたかい笑顔を見ているとそう思う。


up 08.02.27