村全体が黒と橙で彩られるこの日、10月31日。
子供達は興奮した様子で近づく宵を待ち構え、各々の仮装をして村を練り歩く。
大人達はそんな子供達を微笑ましく見守り、家々に装飾を施して迎える。
オレンジ色の小さな灯火が、小振りなかぼちゃの中でゆらゆらと揺れる。つい今しがた灯されたそれを手にすると、扉を開けて家の戸口に置いた。風に吹かれた灯火が一度だけ大きく踊った。
「亮、そっちは終わったか」
「おう。全部置いてきた」
家の中に戻った亮に、チョコペンを手にしたままの蓮二が声をかける。その後ろでは、オーブンミトンをはめた銀が生地の焼け具合を確認しているところだった。
亮はさっと手を洗い、二人の作業に合流する。そして蓮二の手元を覗き込んで感心した声を上げた。
「蓮二はやっぱキレイに描くなー」
「お前もやるか?」
「俺がやると不細工になるからヤダ」
「あぁ、確かに去年のは笑えたな。傑作だった」
「せやけど、子供達には好評やったで」
「でもなー……あ、銀それ焼けたのか?」
「うむ。作業台の上を空けてくれると有難い」
オーブンから取り出されたクッキーが作業台に広げられる。黄金色にこんがり焼き上がったそれらからは、香ばしくも甘い香りが漂う。
蓮二が一つひとつに正確に顔を描き入れ、ジャックランタンをかたどったクッキーが生み出されていく。用意していた飴玉と一緒に完成したクッキーを小分けして、亮と銀が袋に詰めれば作業は完了だ。
「頃合いだな」
「そろそろか?」
「……声が聞こえてきたな」
だんだん賑やかになる外の様子に、三人で顔を見合わせ笑う。
さあ、お化けに扮した子供達がやって来る。
* * *
「よっし準備かんりょー!お前らも用意できたか?」
「ちょお待って!これ絡まってちっとも解けん!」
「手のかかる奴じゃき。貸してみんしゃい」
人の家の敷地内に入り込み、背の低い木陰に隠れて何やらゴソゴソコソコソ。見つかれば怪訝な顔をされそうなものだが、この家の主とは親しいので叱られるようなことはない。それに、ターゲットに見つかるのでなければ、今の彼らに気にすることは何もなかった。
彼らの足元には、本日の戦利品である溢れんばかりのお菓子が詰まった、コウモリやかぼちゃが描かれたお手製のバッグが転がっている。
たくさんお菓子をもらった。でもあと一つ。彼らには大仕事が残されていた。
「ケンヤとろい!早く行くぞ!」
「これでも急いどるわ!」
「岳。ケンヤは遅いわけじゃのうて、スピードを出すに出しまくってつっこけるタイプぜよ」
「それって結局遅くなんじゃん。ダッセ!」
「うっさいわお前ら!」
息巻いた謙也が立ち上がる。首元で揺れる大きなオレンジ色のリボンは、先程雅治に整えてもらったためキレイに結ばれている。
フードをすっぽり被って蜂蜜色の髪を覆い隠す。それにならい、岳人と雅治もフードを目深に被り直した。
「準備完了や!それじゃ行くでー!」
「あ。そこは確か昨日」
「うぶっ」
「……俺らが穴掘りしたとこじゃって言おうとしたんじゃが、遅かったの」
「やっぱダッセー」
「……うっさい」
草むらに突っ伏したまま、謙也がくぐもった声で虚勢を張った。
* * *
「Trick or Treat!!」
元気良く揃って唱えられた文句に目を瞬かせる。用意していた菓子を全て配り終えた大人達は、ちょうど戸口に置いておいたランタンを片そうとしているところだった。
ランタンを灯している家は Welcome Trick or Treat 。目印を頼りに子供達が訪ねてくるのだ。
ランタンを抱えた亮は戸惑った様子で、背後に控えていた銀を振り返った。銀も当惑した表情を浮かべ、自分達に向けて手を伸ばす子供達を見つめた。
例年通り、村の子供達には全員に菓子を与えたはずだった。蓮二が調べたその数に間違いはないだろう。しかし今目の前には、まだ自分達はもらっていないんだと主張する子供達。
渡す菓子は残っていない。これは悪戯を甘受するべきだろうか。亮と銀が対応を決めかねていると、家の中から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。なかなか戻って来ない二人を蓮二が不審に思ったのだ。
「どうしたお前達。いつまで外にいるんだ」
「蓮二……それが……」
「なんだ?……おや」
亮が体の位置をずらすと、その向こうには、口元しか確認できないほどにフードを深く被った三人の子供の姿があった。全身を黒のローブで包み、オレンジ色のリボンが唯一首元で映えている。
あぁ、と納得した顔をすると、蓮二は躊躇することなく口を開いた。
「何をしているんだ雅治」
ぎくぅと小さな三つの体が大袈裟に震えた。その反応を面白そうに見つめながら蓮二が続ける。
「左から雅治、岳人、ケンヤだな」
一目で言い当てられた子供達は目に見えてうろたえ始めた。
「ば、バレてるやんかっ!」
「顔隠して変装すれば大丈夫つったの雅だぞー!」
「むぅ、やっぱり蓮二は手強いのう……」
顔を寄せ合って小声で話す子供達に、大人達は少々呆れ顔だ。数十分前にもこの子供達はここを訪ねて来ていた。その時は、顔を隠さずに。正体がバレなければもっとお菓子がもらえると考えたのだろう。すでにお菓子は受け取ったはずなのに、それでもまだ欲しいとせがむ。
「お前ら……菓子ならさっきやっただろうが」
「あれくらいじゃ足りねえーって!」
「もらえんでも、俺は悪戯ができればそれでもええがの」
「えー俺はお菓子のほうがええ!」
もう隠す必要もないからと下ろされたフードから、異なる鮮色の髪が現れる。それと同時に、正体を見破られてふてくされている顔も現れた。
「ん」
広げた左手を、岳人は自分の一番近くにいた亮に突き出した。どうしても菓子が欲しいらしい。
「ほらよ」
「って、そんなのはお菓子じゃねー!」
「俺が必要数以上の菓子を持っていると思うな」
亮が取り出したのはミントガムだった。それもそうだ。彼が子供達の欲しがるような甘い菓子を持っているはずがない。
それでも諦めきれないらしい子供達はむくれ、もっととねだる。
「ほんなら、これから作るか?クッキーの材料ならまだ多少残っとるで」
「ホンマか!」
銀の言葉に子供達が瞳を輝かせる。
よほど嬉しかったのだろう。謙也は両手で銀の手を掴むと、家の中に引っ張り込もうとした。
「ならはよ家入ろう!ほら銀!」
「あぁ、そんなに急ぐと段差につまづくで」
「亮っ俺も!俺も作るっ!」
「ちょ、落ち着け!頼むから服掴んだまま跳ねるな!」
「俺の分まで頑張ってくれー」
「こら雅治。自分だけ楽をしようとするな。お前も食べるのなら手伝う」
手を引き、裾を掴み、背を押され。はしゃぎながら家中に入る子供達に、大人達は再び顔を見合わせ笑った。
まだまだ祭りは終わりそうにない。
「Trick or Treat!」
「Happy Halloween!」
フリーです。ご自由にお持ち帰りください。
その際、文章に手を加えなければ、デザインなどは変更してくださって構いません。
up 10.10.29