「……何やってるんですか、あんた達は」
日吉のその言葉に向日と宍戸が振り返った。
そこには怪訝そうな表情の日吉と、その後ろに同じような表情をした鳳と樺地がいた。
「何って、覗き?」
向日は日吉が見たままの返事をした。
今彼らがいるのは音楽室の前。向日と宍戸はその扉を僅かに開け、その隙間から中の様子を覗いていたのだ。
移動教室のためにその場を通った日吉達は、その異様な光景に思わず足を止め、顔を見合わせた。そして三人が同時に思ったことを日吉が尋ねたのだ。
「中にいるのって、監督ですよね?」
聞こえてくるピアノの音色に鳳が首を傾げる。
ここは音楽室であり、自分達の部活の監督は音楽教師だ。別になんてことはない。
しかし、自分達の先輩は今もなお、中の様子をチラチラと気にしている。一体何がそんなに気になるのか。
「そうだけど、一人じゃねぇんだよ」
「とにかくお前らも見ろ」
そうすりゃわかる、と言われ、気になっていた日吉達は迷わず扉の隙間へと顔を近づけた。
真っ先に視界に入ったのは、ピアノを弾く榊の姿だった。その顔はいつにもなく真剣である。
「何故できないんですかっ!」
そして耳に入ってきたのは跡部の大きな声だった。少々ヒステリックに聞こえたのは樺地の気のせいだろうか。
跡部のこんな声を聞いたのは、向日と芥川が跡部の携帯に落書きした時以来だろう。
彼ら曰く、「そんなにたくさんあるんだから一つくらいくれ!」らしい。その後、部室で正座をさせられ散々説教されたのは言うまでもない。
説教の間中、向日ばかりが責められているように感じたが、それも樺地の気のせいなのだろう。
「ここはこうですよ!」
横に立つ跡部が指摘し、榊が必死になってそれに従おうとする。普段では決して見られない光景だ。
その少し離れた場所では忍足が席に座り、頬杖をつきながらその様子をとても楽しそうに眺めている。
「……なんでこんなことになっているんですか?」
日吉の問いに答えようと向日が口を開きかけたとき、それを遮る大きな声と足音が廊下に響いた。
「しっしどーーーっ!!」
「うおっ!?」
物凄い勢いで突っ込んでくる芥川に驚いた宍戸は、衝突を避けるために咄嗟に身を引いた。
しかしそうしたことで、宍戸の後ろにいた鳳は芥川ともろにぶつかってしまった。
「「いったー……」」
「おいおい、大丈夫か?」
しゃがみ込んでしまった二人に向日が声をかける。
芥川は鳳にごめんね、と謝った後、宍戸をキッと睨み上げた。
「なんで避けるんだよっ!」
「普通避けるだろ!?」
「お前らあとにしろよ、聞こえないだろ?あ、もしかしてジローも侑士からメール来たのか?」
「うんっ」
芥川は携帯を取り出すと画面をその場の全員に見せた。
『滅多に見られんええもんやっとるから、早く音楽室来てみ。立場逆転しとるで』
で、どうなってんの?と芥川が教室を覗き込む。それにつられ他の者達も中を覗き込んだ。
「監督、真面目にやってください」
「先程からそうしているだろう」
「彼本人ならこんな風には弾きません」
「……ではどうしろと言うのだ」
「もっと落ち着きがあって、それでいて情熱的なんです!この曲は!!」
「スゴ……」
思わず呟いた宍戸に他の者が頷く。
「……スゴイね、樺地」
「ウス……」
鳳の言葉に樺地も頷いた。
中の様子に見入っていた向日だが、突然慌てた様子で声を上げた。
「やべっ今の本鈴じゃねぇか!?」
「ええっ!?」
向日に言われ鳳が慌てて自分の時計で確認する。中を覗くのに夢中でチャイムが鳴ったことに気が付かなかったのだ。
その横で宍戸はサボっちまえよ、と言った。
「次どーせ歴史だし」
「俺次も寝てるC〜」
「お前は歴史得意だもんな!?ジローも授業ちゃんと受けろっ!」
「向日さんも寝てるって聞きましたけど」
「そこっうるさい!」
ボソリと呟いた日吉をすかさず向日が指差す。
「なんや。レギュラー全員集合?」
振り向くと、少し開いた扉から忍足が顔を覗かせていた。そして皆を見回すと面白そうに笑った。
「授業出へんでええの?」
その言葉に全員が顔を見合わせる。そんな中、意外なことに最初に口を開いたのは日吉だった。
「いいですよ別に。今から出てもあれですし」
「うわっ日吉が授業サボるって言った!」
大袈裟に驚く鳳を日吉は軽く睨んだ。日吉はいつも、授業をサボるなとクラスの人達にうるさいのだ。
「たまにはええんやない?俺らもサボリ決定やし」
そう言って、忍足は跡部へと視線を移した。教室の中では今でも跡部と榊が論争を続けていた。
「……長引きそうだな」
「だな」
「たっのC〜!」
「先生に怒られないかなぁ」
「下剋上だ」
「ウス」
「皆乗り気やなぁ」
7人は次のチャイムが鳴るまで、ずっとその様子を眺めていた。
up 08.02.03