面白くない。せっかく二人だけなのに。
いささか乱暴に冷蔵庫の扉を閉める。粗野な態度をたしなめる声がなく、また呟く。
グラスに注いだコーラをちろりと舐める。舌先に痺れる感覚。いかにも身体に悪そうだ。
氷の浮かぶそれを回転させる。すると、まるで俺の感情を具現化したように回り続ける。
この部屋に不釣り合いな炭酸飲料。常時この部屋に漂う芳醇な香りではなく、俺を包み込むのは甘ったるい匂い。
これは以前俺がここに持ち込んだものだ。当然あの人は片眉を上げてみせたけど。
いいじゃねーか。あんたの淹れるコーヒーは美味いけど俺には苦すぎるんだ。
さっきよりもグラスを大きく傾けながら冷蔵庫に寄りかかる。機械の震動が背中に響く。
俺が聞きたいのはこんな騒々しい音じゃない。もっと心が安らぐような、そんな音。
俺はリビングに足を運び、そこにいる姿を見つめた。
大人三人がゆうに腰掛けられるソファ。そこで読書をしてくつろぐ横顔を睨みつける。
互いの立場上、恋人同士とは公言できない。
だから、そう頻繁にプライベートな時間で会えなくて。毎日顔を突き合わせているのにもどかしくて。
それなのに、あの男はそうは思っていないらしい。俺はこんなにあんたを求めてるのに。あんたはその余裕そうな顔を崩したことは一度もない。これが大人と子供の差だってのか?
せっかくこの場には自分達しかいないんだ。いつものように周りの目を気にする必要もない。
にもかかわらず、あの男は誰が創り出したかもわからない想像上の世界に没頭してしまっている。
引きずり出してやる。
気づかれないようにそっと背後から近づく。どうせ意識は別世界に行っていて、こっちには気づかないんだろうけど。
そう思ったら胸の辺りがキリリと痛んだ。俺の言葉に、心に、気がつかない。
面白くない。気に入らない。
俺は目の前に覗く首筋に、冷え切ったグラスを押し付けた。
「っ――」
かすかに跳ねる身体。あまり他人に感情をさらけないこの男からの反応にしては上出来だ。
俺は満足な気持ちで、目の前の男が振り返るのを眺めていた。対する、俺を見上げる視線は不快感が丸出し。
「なんだ」
「べっつにー?」
ぞんざいに答えて男の隣に身体を沈ませた。高級感のある沈み具合。この感覚を味わうのも久しぶりだ。あんたと肩を並べるのも、こんなに近くに寄るのも。
そう思ったらまた胸の辺りが痛みを訴える。無視できればいいのに。でも俺はその方法を知らない。
昔から考えるのは苦手だ。頭を使うと思考がごちゃごちゃになって更に混乱する。だからそのままぶつかっていく。
「…………構えよ」
ずっと心の中で叫び続けていたことだが、実際に発すると気恥ずかしい。
自ら発した台詞に顔が熱くなる。思いっきりぶつけてやろうと思ったのに、口から出る瞬間に小さくなってしまった。
考えることも苦手で、ぶつかっていくことも苦手。どうしようもない。
「宍戸」
「……なんですか?」
男の方を向いて息を呑む。突然、額に冷たいものを押し当てられたからだ。
「な、何をっ」
とっさに額を押さえる。指先が触れた部分だけやけに冷たい。
「冷やした方がいいと思ってな」
そう意地の悪い笑みを浮かべる男の右手にあるのは、汗をかいたグラス。中の液体がゆらゆらと波打つ。
それはさっきまでは俺が持っていたはず。いつの間に奪われたんだ。
「あんたわざと?」
俺を放っておいたのは。
「なんのことだ?」
返されたのはなんともとぼけた表情。しらばくれやがって。
あんたのその表情は、俺をからかってる時のそれだ。
「お前は辛抱がないからな」
俺の性格をよく理解していらっしゃる。
考えることも苦手で、ぶつかっていくことも苦手。でも最終的には何かしらの行動を起こす。
それなら焦らして焦らして、本心を暴き出す。隠したままにはさせない。
何それ。あんたってホント性格悪いな。
「まだ足りないか?」
更にグラスを押し当てようとしてくる。今度は左頬。
俺は未だ額に手を添えたままぼやいた。
「……逆効果だっての」
余計熱くなった。
男は俺から視線を外し、またこんなものを、と呆れた口調でグラスを見やる。その手中で揺れる液体と色素の薄い目を見て、俺はやりきれない気分になる。
あんたもじゃないか。
俺がそれを持ち込むたびに、あんたは身体に悪いというけれど、それだけじゃない。
放っておかれても構われても、どちらにしても振り回されてる。
俺にとっては、どっちも大差のない毒物だ。
「…………やはり不味いな」
「なら飲むなって毎回言ってんじゃん……」
up 09.03.20