小鳥達の賑やかなさえずり。
窓から流れ込む爽やかな風。
心地よく沈む柔らかなベッド。
オレの顔を覗き込む、南国を彷彿させる笑顔。
ん?
「おはようございます、獄寺隼人」
「お、おう?おはよ、う……?」
「何故疑問形なんです。挨拶はきちんとしなさい。そのくらい犬でも出来ますよ」
「あ、わり」
重い瞼を持ち上げ数回瞬きを繰り返す。
なかなか目覚めのよい朝だ。久しぶりによく寝た。
ベッドの上で大きく伸びをするオレを、にこやかな表情が見つめる。
いやいやちょっと待て。
普通に考えておかしいだろう。
至極当然な顔をしているから流されそうになったが、明らかに何かが変だ。
辺りをぐるりと見渡す。
必要最低限のものしか置かれていない、質素な部屋。
間違いなくここはオレの部屋だ。しかも朝方の。
なのに何故オレ以外の人影があるのだろう。
おまけにそれと会話までした気がする。
仕事のし過ぎか。幻覚だけでなく幻聴まで聞こえるとは。
「あー……疲れ溜まってたのかな。まだ寝ぼけてるみたいだ。朝っぱらからオレの部屋に南国果実があるわけないよな、うん」
「相変わらず失礼ですね君は……。僕は君の六道骸だと何度言ったらわかるんですか」
幻覚ではない南国果実―六道骸―が半分ベッドに潜ったままのオレに覆い被さって言った。
いやいやいやかなり待て。
なんだこの状況。
オレの腰の両脇に奴が両手を突いて、めちゃくちゃ至近距離で顔を覗き込んでいる。
近いっ!近すぎんだろ離れろっつーかなんで更に近づいて来てんだよっ!!
一体こいつこんな所で何してやがんだ!?
「てめーここで何してやがるっ!!」
「目覚めて一番に視界に入ったのが僕だとお互い嬉しいでしょう?それに君の可愛らしい寝顔も堪能しようかと。あぁ、やはり間近で見るとますます襲いたくな…」
「果てろ!!」
勢いよく頭突きをかましてやったら派手な音がした。顔が近いとこんなことも出来るんだ。
続けざまに無防備な腹を蹴り上げる。
もろに攻撃を受けた骸はベッドの下に転げ落ちた。ざまーみろ。
「クフフフ……君の愛情表現は実に激しく情熱的だ。全く……この照れ屋さんめ」
瞬間、背筋に悪寒が走った。
ヤッベ恐え。
床と仲良しになっているくせに、奴は気持ちが悪いほどに笑顔。
激しく身の危険を感じる。
「……てめーこの間ので懲りたんじゃなかったのかよ」
以前にも今回のようなことが何度かあった。その時は骸がオレの部屋に侵入する前に阻止され、未遂で終わったのだが。
散々痛めつけられたのにまだ懲りていない。
やはり学習能力がないのか。決して頭が悪いわけではないだろうに。
もう一発、拳骨でもくれてから部屋から追い出そうとかと考えていると、オレが行動を起こす前に控え目に扉がノックされた。
「隼人……入ってもいい……?」
扉の隙間から顔を覗かせたのは、比較的まともな方のもう一人の霧の守護者―クローム髑髏―だった。
「おーいいぜ。ちと邪魔なのがいるけどな」
オレはクロームを招き入れる。
彼女は一人の時であれば、少々口数は少ないが、完璧な守護者であると言えるだろう。
そう。一人であれば。
入るなりキョロキョロと部屋を見回すクローム。そして一点を目に留めると目を見開いた。
「……骸様……」
「おや、僕の可愛いクロームじゃないですか。こんな朝早くからどうしました?」
そりゃこっちの台詞だ。勝手に人の部屋に忍び込んでる奴の言うことじゃねーだろ。
それに何いつの間に我が物顔でちゃっかりベッドに座ってんだよ。
オレは身体を起こしただけで、未だベッドの中だ。そんなに引っ付くな暑苦しい。
そして耳元で 「もちろん君も可愛いですよ」 とかなんとか気色悪いこと囁くな。
「………隼人」
「あ?なんだ?」
「……避けて」
「へ……?ぅおっ!?」
慌てて上半身を折る。
オレの頭上を何かが飛んで行った。髪スレスレを高速で。
「骸様……しつこい」
そう無表情で淡々と言い放ったクローム。その手には、銀色に輝くナイフが握られていた。
オレは恐る恐る首を後方に巡らせ、容易に想像のつく惨劇を目の当たりにする。
ナイフの嵐を受けた骸は、蝶の標本よろしく床に縫い付けられていた。
彼女が何故そんなにナイフを所持していたのかは不明だが、あまり追求しない方が得策だろう。
ちなみに言っておくと、以前オレの部屋に侵入しようとした骸に制裁を加えたのはクロームだったりする。
外見とは裏腹に意外とやることは大胆だ。
10年前よりもいい性格になった。あまり嬉しくない意味で。
「ク、クローム……冗談が過ぎます。このような相手の動きを封じる技は獄寺隼人にこそかけ、僕ではないと何度も言っているでしょう。彼の四肢の自由を奪い、それから美味しくいただあああぁぁぁあっっ!!!!」
「少し黙ってて下さい」
気が付いたらオレは目の前の光景から顔を背けていた。
見なかったことにしよう。
「隼人……朝食にしよう?用意してきたの」
骸への制裁を終えたのか、クロームがオレの許へ駆け寄ってきた。
お前……そのどことなく晴々とした表情はなんだ。
オレは目の前の満足気な顔から逃れるように彼女の示すテーブルへ視線を移す。
そこには、様々な種類のパンやチーズ、フルーツなどが並べられていた。
なるほど。道理で先程あんなに多種のナイフを持っていたのか。
………んなわけあるか。普通は一食の食事だけであんなに必要ねえ。
「……わかった、飯な。その前にせめて顔洗って来ていいか?」
「うん」
本当は着替えも済ませてしまいたいが、この際贅沢は言わねえ。
早いとこ顔洗って飯食って、今日の任務へ気持ちの切り替えをしよう。
足下で伸びている骸を避けながらベッドから降りる。危うく踏みそうになった。
洗面所へ向かいながら、頭の中のスケジュール帳で今日の予定を確認していると、背後から物凄い音がした。
「ああ、骸が目を覚ましたんだな」 とか 「またクロームが派手にやってるな」 と、違和感なく受け入れている自分に悲しくなる。
ついに爆発音が聞こえてきた。これ以上は流石に止めないとマズイ。
オレの部屋が崩壊するのはもちろんだが、まだ早い時間なのだ。他の奴らが起きて来てしまう。
あいつらだって仕事で疲れているのだし、休める時に休ませておかないと。
何より、それで仕事に支障をきたして10代目に迷惑をかけるわけにはいかない。
「おいてめーら。いい加減人の部屋で……」
部屋へ戻ると、床に転がる骸の首に縄がかかっており、その先をクロームが掴んでいた。
一体何をする気だ。
「隼人……生ゴミの日っていつだっけ?」
「獄寺隼人……っ!!早くこの縄をなんとかしくっ苦しいですよクローム……!!!」
今日はまず、10代目と個室のセキュリティーについて話し合うことにしよう。
up 08.07.31