青天の下で聖歌を

暇だ。

本来なら学生であれば暇なんて言葉が出てくる筈のない時間帯。
僕は授業中であるにもかかわらず、屋上の給水タンクの上で寝転んでいた。
授業に出なくとも僕にはなんの問題もない。勉強についていけなくなるという経験は今までにない。そしてこの先も。

風紀委員会の仕事をやるにしても、僕でなければ出来ないものは既に片付けてある。
至急でもなく重要性も見られない、誰にでも出来るようなものは全て近くにいた委員の誰かに任せてきた。
顔は覚えていない。確認する気もなかったし、興味の欠片もなかった。
仕事を果たせないならそいつには用はない。後で咬み殺しておくだけだ。
その後の後始末は草壁が上手くやるだろう。

今日も仰いだ先に黄色い姿がない。
こちらが望まずもついてきた彼 (彼女かもしれない) は、近頃頻繁に僕の前から姿を消すようになった。
どこへ行ったのか。何をしているのか。僕にとっては大した問題ではない。
しかしその行き先には心当たりがあった。


「おわっ、ちったー大人しくしろって!」


身体を起こし眼下に視線を向けてみると、屋上と校舎を繋ぐ扉から、日輪に反射する銀が飛び出して来た。
その銀の上で、黄が忙しなく羽を震わせている。
銀と黄の奇妙なコントラスト。


ああ、やっぱりそんな所にいたの。


予想はしていたので別段驚きはしなかった。
小鳥は獄寺の許にいた。
自身を包みながら立ち上る紫煙に抗議するべく、小鳥は容赦なく銀髪を掻き乱す。
細髪に鉤爪が引っ掛かったのか獄寺が悲鳴を上げた。
腕を振り上げ小鳥を払おうとしているようだが、全く意味を成していない。
見ているこちらの網膜にはその必死な姿は酷く滑稽に映る。
どうやらそこが最近のお気に入りらしい小鳥は、そこから移ろうという意思を所持していないようだ。


「ハヤト!」
「あー?何?」


無駄な攻防だと諦めたのだろう。手頃な位置に腰を下ろし、未だ跳ね回る頭上の存在を意識から追い出し煙草を燻らせる。
それから、いかにも面倒だという風に投げ槍に受け答える。


「ハヤト!ハヤト!」
「だからなんだよ」
「ハヤト!ハテロ!」
「てっ……てんめーどこでそんな言葉を覚えて来た!?」


小さき相手に突き掛かる。
小鳥は軽やかに柔らかなお気に入りの地から飛び立つと、硬いコンクリートに舞い降りた。

獄寺。
どこって、そんなの君しかいないじゃない。
決め台詞のつもりだか知らないけど、君の口癖になっているそれを、その子はしっかりと記憶していたようだよ。

小鳥は暫く同じ言葉を繰り返し、不満を主張し続けた。
最初は反発するように無視していた獄寺も、流石に我慢の限界がきたのか、観念して煙草を揉み消した。
元々彼は忍耐の強い方ではない。
加えて、普段は虚勢を張っているようだが、彼は動物を邪険に出来ない一面がある。
彼の本質を見抜いているのかは定かではないが、動物達には同類と見なされているようだ。間違ってもそれ以上ではない。
鋭く打った舌打ちが離れた僕の所にまで聞こえてきた。


「ハヤト!」
「……今度は何」


煙草を奪われたお蔭でイライラが募ったであろう獄寺は、指先で膝を落ち着きなく叩いている。
そんな獄寺を歯牙にもかけず、小鳥はその場で小さく一回りしてみせると、彼お気に入りの歌を歌い始めた。


並盛中の校歌。


以前僕が教えてあげたそれは、大変お気に召したらしい。
しかし僕が完璧な手本を聞かせてあげたにもかかわらず、彼はいつまで経っても本来の音を取ろうとしない。
それなのに、図々しくも自分の歌によほどの自信があるようなのだ。
今回も同様、歌い終えると、いつも僕にしてみせるように小首を傾げ、どうだった?とでも言うように自分の歌の評価を求めてきた。


「……やっぱ外れてるよな、お前の音」


獄寺がしみじみと呟いた。彼もこの歌を何度も聞かされているのだ。


「いいか。よく聴いてろ」


上手く音の取れない小鳥の代わりに、自ら手本を見せるという。
それはあまりオススメ出来ないけど。
しかし彼も小鳥と同様、自分の歌にかなりの自信を持っているのだ。例え現実がどうであろうと。


「わかったか。こういう風に…」
「ヘタ!」
「なぁっ!?」


そうだね。僕もそう思うよ。
ありえないところで外してくれて。全く理解に苦しむ。
君もここの学校の生徒ならそれくらい完璧に歌ってよね。


「ハヤト!ヘタ!」
「ばっかお前!誰がどう聞いたって俺の方が上手いだろ!」


僕からしてみればどちらも大した差はないんだけど。
そう言ってやりたくなったが、どうせ言ったところで彼らが素直に甘んじないのはわかっていた。
お互い変なところで負けず嫌いなのだ。


「………僕もそうか」


あんな低能な草食動物との共通点を見つけたところで嬉しくもない。
僕は一つ大きく欠伸を零すと、寝転がり瞼を落とした。
未だ穏やかな喧騒は続いている。


本当不思議だよ。


騒がしい筈なのに心が安らぐんだ。
認めたくはないのに、認めざるを得ないこの現状。
群れるのを良しとしない僕が許容した稀有な存在。


ムカツク。


安らぐ。けれど、そのことを否定できない自分に苛立つ。
自分が自分でないよう。調子が狂う。
今までこんなことはなかったのに。


ああ、イライラする。


視界の外で一際大きく荒らげる声が上がる。
僕の安眠の為にも、そろそろ彼らを咬み殺しておいた方がいいかもしれない。


up 08.09.09