囲まれた。
そのことに気付けなかったのは、相手達が気配を消すのが巧いという理由だけではないだろう。
極度の肉体的疲労と精神的疲労。それらのお陰で、辺りに注意を払う余裕がなかった。
「3、4人……ってとこやな」
木の幹に背を預け、大きく息を吐く。
空はどんよりと暗く、分厚い雲に覆われている。雨が降るのも時間の問題だろう。
忍足は隣りに立つ後輩を見上げた。背の高い彼のことは普段から見上げてきていたが、今は忍足が座っている為、更に見上げる形になる。
少しばかり首が痛い。しかし、こんなものは痛いのうちには入らないのだろう。
忍足の腿には緋が滲んでいた。先程、ここより離れた別の場所で襲われ、避けきれずに怪我を負ったのだ。
その時は逃げるのに必死で顔をよく見ることはできなかったが、その制服には見覚えがあった。
忘れもしない。都大会のコンソレーションで戦った、聖ルドルフだ。
見上げる忍足の視線に気付いたのか、彼が顔を向ける。
いつものように一見無表情に見える。しかし、今の彼からは僅かに焦りが見て取れた。
無理もないだろう。複数の敵に囲まれ、隣りには負傷し満足に動けない先輩。無事に振り切れる確率は低い。
忍足は急いで考えを巡らせる。しかし、一向に良い案は浮かばない。
「アカンなぁ……」
小さく呟き俯く。自分の脚でどこまで走れるのだろうか。わからないが、そう遠くまでではないことは確かだ。
自分がいたら足手纏いになる。彼だけなら逃げ切れるかもしれない。自分が囮になれば、もしかしたら……。
「樺地、自分は逃げ…」
物凄い形相で樺地が睨む。普段物静かな彼のこんな姿は珍しく、本気で怒っていることがわかる。
忍足は思わず口を閉じた。樺地が静かに口を開く。
「約束……しました」
「……せやったな」
全員で生きて帰る。
バラバラになる前に、みんなで交した約束だ。
「そうや……約束したんやった」
木に手を突き、ふらつきながらも立ち上がる。それを樺地が支える。
「……樺地」
呼び掛けに視線を下ろし顔を覗き込む。
「もし岳人に会ったら、伝えといて」
樺地が探るような訝しげな視線で忍足を見る。
一体何を言い出すのかと。とんでもないことを言ったら、先輩だろうと打ん殴る。
そんな樺地に、忍足はふわりと笑って見せた。
「今度こそ、宍戸達からD1取り戻すで、って」
一昨日アイツらと練習試合した時も、負けてしもうたから。
樺地は僅かに驚いた表情を見せたが、それはすぐに優しい笑みへと変わった。
「ウス!」
それに忍足も笑いかけた。そして真剣な眼差しで前方を見据える。
「ほな……行くでっ!!」
二人同時に走り出す。一方は右へ。もう一方は左へ。お互い脇目も振らず走り続ける。
約束したんだ。
寝ぼけ眼の友人に、今度の日曜日に映画を見に行こうって。
素直じゃない後輩に、怪談話でみんなを怖がらせようって。
頑固な友人に、数学の追試の勉強に付き合ってやるって。
心優しい後輩に、捨て犬の飼主を探そうって。
賑やかな相棒に、コンビニの唐揚げを奢ってやるって。
人の良い後輩に、今話題のあの本を貸してやるって。
気高い部長に、2週間前に借りた205円を返すって。
大切な仲間達に、全員でまた一緒にテニスをやろうって。
「約束、したんや」
絶対に、約束は守る。
up 08.02.15