8.約束、したのに

囲まれた。


そのことに気付けなかったのは、相手達が気配を消すのが巧いという理由だけではないだろう。
極度の肉体的疲労と精神的疲労。それらのお陰で、辺りに注意を払う余裕がなかった。


「3、4人……ってとこやな」


木の幹に背を預け、大きく息を吐く。
空はどんよりと暗く、分厚い雲に覆われている。雨が降るのも時間の問題だろう。
忍足は隣りに立つ後輩を見上げた。背の高い彼のことは普段から見上げてきていたが、今は忍足が座っている為、更に見上げる形になる。
少しばかり首が痛い。しかし、こんなものは痛いのうちには入らないのだろう。
忍足の腿には緋が滲んでいた。先程、ここより離れた別の場所で襲われ、避けきれずに怪我を負ったのだ。
その時は逃げるのに必死で顔をよく見ることはできなかったが、その制服には見覚えがあった。



忘れもしない。都大会のコンソレーションで戦った、聖ルドルフだ。



見上げる忍足の視線に気付いたのか、彼が顔を向ける。
いつものように一見無表情に見える。しかし、今の彼からは僅かに焦りが見て取れた。
無理もないだろう。複数の敵に囲まれ、隣りには負傷し満足に動けない先輩。無事に振り切れる確率は低い。
忍足は急いで考えを巡らせる。しかし、一向に良い案は浮かばない。


「アカンなぁ……」


小さく呟き俯く。自分の脚でどこまで走れるのだろうか。わからないが、そう遠くまでではないことは確かだ。
自分がいたら足手纏いになる。彼だけなら逃げ切れるかもしれない。自分が囮になれば、もしかしたら……。


「樺地、自分は逃げ…」


物凄い形相で樺地が睨む。普段物静かな彼のこんな姿は珍しく、本気で怒っていることがわかる。
忍足は思わず口を閉じた。樺地が静かに口を開く。


「約束……しました」
「……せやったな」



全員で生きて帰る。



バラバラになる前に、みんなで交した約束だ。


「そうや……約束したんやった」


木に手を突き、ふらつきながらも立ち上がる。それを樺地が支える。


「……樺地」


呼び掛けに視線を下ろし顔を覗き込む。


「もし岳人に会ったら、伝えといて」


樺地が探るような訝しげな視線で忍足を見る。
一体何を言い出すのかと。とんでもないことを言ったら、先輩だろうと打ん殴る。
そんな樺地に、忍足はふわりと笑って見せた。


「今度こそ、宍戸達からD1取り戻すで、って」



一昨日アイツらと練習試合した時も、負けてしもうたから。



樺地は僅かに驚いた表情を見せたが、それはすぐに優しい笑みへと変わった。


「ウス!」


それに忍足も笑いかけた。そして真剣な眼差しで前方を見据える。


「ほな……行くでっ!!」


二人同時に走り出す。一方は右へ。もう一方は左へ。お互い脇目も振らず走り続ける。




約束したんだ。




寝ぼけ眼の友人に、今度の日曜日に映画を見に行こうって。


素直じゃない後輩に、怪談話でみんなを怖がらせようって。


頑固な友人に、数学の追試の勉強に付き合ってやるって。


心優しい後輩に、捨て犬の飼主を探そうって。


賑やかな相棒に、コンビニの唐揚げを奢ってやるって。


人の良い後輩に、今話題のあの本を貸してやるって。


気高い部長に、2週間前に借りた205円を返すって。





大切な仲間達に、全員でまた一緒にテニスをやろうって。





「約束、したんや」



絶対に、約束は守る。


up 08.02.15